ozawaの日記

東京在住のへぼプログラマーです。プログラミングと音楽と本と散歩とそれから色々

筋肉痛とフランツ・カフカ

友人のKとは、5年前に、上野のシェアハウスで出会った。 当時僕は、新卒で入った仕事を辞めて上京してきたばかりで、2段ベッドの下のドミトリーで夜とも朝ともつかぬ時間に寝る以外は、ひたすらダラダラと本を読んだり、ホットケーキを10枚くらい作ったり、ルームメイトとドライブしたり、机に火をつけて遊ぶ等して、暇をもてあましていたのだけど、そんな人生で一番ダメな時期に、Kとは出会った。

Kは美大を中退して東京に出てきてばかりの若者で、見た目は中性的で、中々美形なのだけど、映画と小説にどっぷりと浸かった、いわゆる文学青年で、小声でほそぼそと難解な話ばかりする、一般的には相当とっつきづらい人物で、それは5年たった今も変わらない。
ミヒャエル・ハネケチェーホフゴダール、、、訳の分からぬ西洋人の話ばかりする彼のことが好きで、住む家が違う今でも、時々会って一緒に映画を見たり、飯を食ったりしている、僕の数少ない親友の一人である。

そんな彼が、新しいシェアハウスに住むと聞いた。
一戸建ての空き家を借りて、住民みんなで床や壁をぶち抜いてセルフリノベーションするらしい。床張りを一度やってみたかった僕は、ぜひ作業に参加させてほしいと申し出て、昨日一日、シェアハウスの壁を壊したり、古釘を抜いたり、断熱材を仕込んだり等して、一日中肉体労働に明け暮れていた。
IT土方から、リアル土方だな」なんて嘯いていたのだけど、今日朝起きると、全身筋肉痛でまともに動けず、体が重くて、まるで鉛の船が沈没していくかのよう。

今日は日曜、特にやることもないのだけど、一日中筋肉痛の体を引きずりベッドの上でごろごろとしているのも面白くないと思い、近所の古書市場に行ってみることにした。
どうやら今日は、月に何度かの古書の即売会の日らしい。

歩いて5分、狭い会場には、客と古本がぎっしり集まっていた。
古代ローマの研究書、女子高生もののポルノ、太平洋戦争中の翼賛婦人会のアルバム、ロズウェル事件についてのルポ、一昔前に流行った女流作家のエッセイ、高橋和巳の小説…時代もテーマもバラバラの大量の古書が、なんの脈絡もなく乱雑に置かれていた。
暇なので、何か本でも読みたいと思った。目の前の無数の本のタイトルと、自分の人生の過去や興味といった文脈をなんとか接合させ、「本との出会い」を意味化する、といった作業をしていたのだけど、試みは失敗に終わった。
要するに、「興味がないわけではないし、書籍の値段は安いんだけど、いまいち自分とは関係の無い本のように思える。もしくは、関係があったとしても、読むほどのものではないかな..」というあたりの、何とも言えない気持ちになり、少々がっかりして古書市場を出た。

腹が減ったので、これまた近所の、古本屋兼カフェに入り、カレーを食べた。 ダルとポークビンダルーのカレーを胃に収めたあと、食後のコーヒーを飲みながら、ぼんやりと本を物色し、先ほどと同じく「本との出会い」を求めたのだけど、やはりここでも空振りに終わった。
本を読みたい、知識を得たい、暇をつぶしたい、という欲求はあるのだけど、特に「自分の今」に直撃する本に中々出会えない、というもどかしさが、筋肉痛と、コーヒーの苦味と、商店街の午後のけだるい空気とあいまって、なんだか、全部バカらしく思えてきた。
そもそもなんでこんなに本が読みたいんだ、昨日Kと出会って、久々に哲学的、美学的な空気に触れたから、それをひきずってるだけなのかもしれない。もういいや。

僕が座るカウンターの目の前に、カフカの「城」があった。
人間誰しも「名前は知っていて、いつかは読んでみたいと思ったけど、まだ読んでない本」というのはあるとは思う。僕もそんな本は多分500冊くらいあるのだけど、「城」はその中の一冊に入っていると思う。
急に、そんな本の存在がうっとおしくなった。「城」を手に取り、結末の、最後のページだけを読むことにした。(そういえば、これも主人公の名前は「K」だ)
結末は、誰かが城のお手伝いさんと口論して、「出て行け!」というところで終わっていた。

このように結末を知ってしまうことで、今後、「城」を読む行為を無意味にする。
こうすることで、先ほど僕が求めていた、「本との出会い」の意味化とは真逆の、「出会い」の無意味化を行ったわけだ。
次に「城」の隣りにあった、伊坂幸太郎の「グラスホッパー」も同様に最後のページだけを読んだ。読みたかった本ではないが、読んだら多分楽しめそうな本の一冊だろう。
最後のページでは、何か事件が思うように解決せず、どこかに焦りながらたたずんでいたところで小説が終わった。
…これ、本当にやる意味があるのか?

「これってもしかして文学に対する破壊行為じゃないか?」と、最初はちょっと面白く思ったのだけど、僕という一個人が結末だけ読んだところで、「城」を破壊なんてできるわけはなく、破壊行為ではなく単なる自傷行為に過ぎないな、などと気づき、これもまた急にバカらしくなってきた。

「なるほど、おれはばかなんだな」というあたりの、いつものしょうもない結論が出たところで眠くなり、昼寝をして起きてみたら、窓の外は真っ暗だった。
今日も一日が終わる。